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社会福祉法人やすらぎ福祉会
理事長 篠ア洋二 |
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いま日本は著しい少子高齢化をむかえ、さらに核家族化と世代のギャップのため、末期的な様相を呈しています。もう日本はダメなのでしょうか?いいえ、そんなことはないはずです!いまこそ発想の転換が必要なのです!
老人の病気がなおらないという常識がいま変わりつつあります。要介護状態の老人の痛みをとり、基礎疾患をコントロールすると、要介護状態はしばしば改善し、ねたきりから復帰する老人が増えていく思われます。そうなると、要介護老人の社会生活や、家庭環境を維持するための努力も必要となるのです。
介護施設は居宅のそばの市街地にあるのが理想的です。そして、入ったが最後、でられないのではなく、暖かい医療の手に守られ若さを回復できる、社会復帰型のシステムを完備する介護施設が必要です。
社会生活と家族関係の両方が維持できる環境で、老人への介護が日常あたりまえのこととして若い世代に受け入れられことが、荒んだ家族のきずなと愛情を回復し、日本人のもつ本来のやさしいこころを取り戻すきっかけになると信じます。
「泉寿の里」は医療との融和のもと、入所者が健康と自立を取り戻せるよう、あらゆる知恵をしぼっていきたいと思います。 |
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昭和52年 |
岡山大学医学部医学科卒業 |
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| 昭和52年 |
岡山大学医学部第二病理入局 |
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| 昭和56年 |
岡山大学大学院卒業 |
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| 昭和56年 |
岡山大学医学部第二病理助手就任 |
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| 昭和59年 |
岡山大学医学部第二外科入局 |
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| 昭和59年 |
倉敷市立児島市民病院外科医長就任 |
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| 昭和61年 |
玉野市立玉野市民病院外科医長就任 |
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| 昭和63年 |
赤穂中央病院外科 |
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| 平成5年 |
倉敷第一病院外科 |
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| 平成7年 |
小西外科医院副院長就任 |
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| 平成11年 |
小西外科医院院長就任 |
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| 平成11年 |
医療法人篠洋会篠アクリニック(しのざきクリニック)理事長兼院長就任 |
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